「ラジオ深夜「ラジオ深夜便」玄侑宗久の談話 2011.3.19

「ラジオ深夜便」玄侑宗久の談話 2011.3.19

管理人も昨夜、番組の始まる直前に、震災後はじめて電話で話ができたような状況でした。
皆さんにお知らせするのが遅くなり申し訳ありませんでした。
山門の周辺、墓地、六地蔵(5体が倒壊)自宅もかなりの被害を受けておられるようです。
お地蔵さんは、檀家さんがすぐに修復に来られたそうです。
残念なことに、仕事部屋は修復不可能な状態、だそうです。

昨日、お話した内容をざっとまとめてみました。
聞き逃された方、参考になればと。

■現 状

三春町では、震度6弱で、本来ならば被災地域だが、原発の危険から逃れてきた人々を町の施設で受け入れた。
(約1,000名)
被災した人たちが、被災した人を支援しているような状況で、炊き出しなどに協力し、物資も寄付している。
中には連日徹夜で支援にあたっている人もいる。

三春町でも多くの建物が損傷しているが、その補修もままならない。
雨漏りを防ぐブルーシートが不足しているため、大変困っている。

食糧はいったん入ってきた。現時点(3月19日)では足りている。
しかし、高齢者も多い為、大人用のおむつが不足している。

深刻なのはガソリン不足。
スタンドには長い行列ができている。
持病を抱えた方、例えば、透析患者の方などが病院へ行くための足がない。

そんな中、映画「アブラクサスの祭」を制作したスタッフが自分たちでトラックを運転して三春町まで支援物資を運んで来てくれた。
http://ameblo.jp/aburakusasunomatsuri/
(支援してくださったスタッフがブログに状況を書かれていますので、ご覧下さい。)

この日、お寺では被災者の方々のために「お通夜」をするところだった。
玄侑、副住職、奥様、そして、物資を届けて下さった押田プロデューサーとで、執り行った。

18日に彼岸入りした。こんな状態ではどなたもいらっしゃらないだろうと思っていたが、お墓参りにいらっしゃる方が多数おられる。
放射性物質の飛散状況も正確に伝わってこない中、軽装で来られるので心配になってしまう。

三春は滝桜の名所だ。
皆さん、自分のことよりも桜の木を心配する。過剰な反応もいけないが、正確な情報が入ってきないので仕方がない。
今年の桜の苗木を植えるタイミングはいつにしようかという話題になる。
三春に人は来なくても、三春の桜は昨年と変らず今年も咲く。

既に三春を出て行く人も出始めた。風評が蔓延しているので、それを信じる人はいるし、こんな状況ではそれも否定できない。それが正しいという事もあり得るではないか。

今回の震災は、広範囲で、地域により被害状況が異なる。
例えば現在の三春町の人々が必要としている情報は「原発に関する情報」である。
他の地域はまた違った情報を必要としていると思う。
どこのテレビ局も同じニュースをいっせいに流しているが、「原発に関する情報」だけを流す局があってもいいのではないか。
今の三春町に居る人たちにとっては、必要な情報がない。

東北人は忍耐強いというが、さすがにどんな人でも原子力発電所の災害には近寄ることはできない。
三春町は原発から45km離れているが、現在は30km圏内の退避措置のため、微妙な位置にあると言えるだろう。
いったいどうしたらいいのか、皆さん気持ちが揺れている。
しかし、避難民を受け入れているこの状態下で他地域へ避難をすることは考えられない。

■避難生活の状況について

避難所は三春の親戚の方もおいででとてもいい雰囲気です。
秩序ある態度で協力しあって生活されています。

(エピソードとして紹介)
原発に携わる仕事をしている方と、原発反対運動推進者が同じ避難所におられる。
二人は活発な議論をかわしておられるようだ。

地震、津波は天災だけど、原発は100%天災とは言えないではないか。
厳しい目で見守るしかないだろう。
これがいつまで続くか全く先の見えない状況で大変な不安がある。

家族を亡くした方のお葬式も出来ない状態で、僧侶としては非常に辛い。
亡くなった方をまともに埋葬できないのはとても残念だ。

これからいろいろな相談を受けることもあるだろう。
私の仕事に関しては、やりかけていたことも中断しており、いくつか影響はあるだろう。

19日は、陰暦 2月15日で、釈迦の入滅の日だ。
そして19日はスーパームーン。翌20日は満月である。
月と地球が最接近する「スーパー・ムーン(Super Moon)」。
とても感慨深い。ラジオを聞いているみなさん冥福を祈っていただきたい。
この大きなお月様に、被災者の為に祈りを捧げて欲しいと思う。

■これからどうしていくか?

「塞翁が馬」人間の吉凶は変動していくので予測はつかない。
今が最悪だと思うのではなく、こういう事があったからこそ「変化」があったと考えればよいのではないか。

世界最大級の地震災害の後、誰もが「これまでの通りにはいかない」と感じたのではなかろうか?
「技術」というのは上限がない。これがある種の「欲望」になっていたと思う。
しかし、今、人間が制御できる限界にきているのではないか。
あまり先の事をあれこれ考えず、足元手元を照らして歩く事が大事だと思う。

■皆さんへ

大勢のみなさんのあたたかい気持ちは届いています。
「計画停電もあり、また宅配便が受け付けてくれないから、物資を送りたいけど送れない」とおっしゃる方は沢山いらっしゃる。
もどかしさを感じておられる方も多いと思いますが、物は届かなくとも祈りは被災地に届いています。

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