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さすらいの佛教語
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 その昔、お釈迦さまがアジャータシャトル(阿闍世王)の招待を受け、その一行が夜になって宮殿から竹林精舎に戻ろうとするとき、足許を案じた王は数千の灯籠をともして道を照らしたという。その時じつは一人の貧しい老婆も一燈を提供したいと言い、同じように供養したのだが、お察しのようにこの一燈だけが朝まで消えなかったらしい。それで、貧者の真心のこもった寄進は、富者が金に飽かせて行なう大量の寄進に勝る、という意味で云われる言葉である。
 しかしこういう話が生まれるのは、だいたい王の普段の行ないが宜しくなかったせいだろう。それが証拠に、地面に黄金を敷き詰め、祗園精舎にする土地を寄進したスダッタ長者には、こんなエピソードは残されていない。
 アジャータシャトルはマガタ国の王だが、父ビンビサーラ王を餓死させている。お釈迦さまを何度も殺害しようとしたデーヴァダッタの教唆もあったらしい。苦悩に打ち沈む、アジャ−タシャトルの母ヴァイデーヒーに、お釈迦さまは極楽を説いて聞かせた。それが『観無量寿経』である。
 アジャータシャトルは後に自分の行ないを悔やみ、お釈迦さまに帰依し、仏滅後の第一回結集(けつじゅう)では必要な物資を全て寄付したらしい。しかしそれでも、国王としてのアジャータシャトルは近隣諸国の併合に励み、マガタ国を強大化しつづけた。その怨みは、いろんな人々に残っていたのだろう。
 誰が言った言葉かは知らないが、歩いて帰る人々を照らすのに、本当は一燈だけで役立つはずがないではないか。その一燈で暖をとるわけじゃなし、またその一燈を持ち歩くわけでもない。ただただそこには、改心しても否定される王の姿が浮き彫りになる。一燈を寄進した老婆は、いわばそのための「引き合い」にすぎない。
 このように、どんなにベラボーな寄進をしても、以前の怨みは帳消しにはならない。普段の行ないに、くれぐれもご用心。
 ところでこの貧者の一燈こそが尊いと、大口の寄付を断ってまで瓦一枚ずつの寄付方式を貫いたのが、薬師寺の故高田好胤師である。効率重視の世の中に投じられた、貴重な一石である。
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「心象風月bar暮らしのなかの仏教語」

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