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さすらいの佛教語
10回 さすらいの佛教語
 なにゆえクジなどに、阿弥陀さまの名前が付いているのか、不思議に思う方もいるだろう。クジの結果は阿弥陀さまのお導きだから、恨みっこなし、という解釈も成り立つ。
 しかし、どうもそれは後付けの解釈で、もともとこのクジが、阿弥陀さまの光背を模して作られたから、ということのようだ。
 寺には本来、治外法権があった。というより、武士たちがその地を統率するまえから寺はあったから、武家の法とはまた別な基準をもっていたわけだ。大名が罰する人間が、必ずしも悪人とは考えなかったということだろう。武家の法はやがて天下統一によって王法となるが、仏法とは微妙に食い違うのである。
 たとえば農民一揆のリーダーなど、王法にとってはこの上なく厄介だから、市中引き回しのうえ斬首、というのが一般的な判断になる。しかし仏法から見ると、社会を憂える有為な青年であり、出家して修行すればよい僧侶になるだろうと判断する。
 明恵(みょうえ)上人は「窮鳥懐に入れば」匿うのが寺だと考えていた。その習慣が、じつは織田信長の「駆け入り禁止令」までは一般的だった。
 寺という場所は、だから反体制的で有為な青年などが集う場所でもあった。自由民権運動の非合法な会議などにも、多くの寺は場所を提供している。
 しかしこうした有志ばかりでなく、寺には博打をする無頼の徒まで集まったのだろう。寺によっては、寺銭という会場費さえ払えば何にでも提供したのかもしれない。
 むろん阿弥陀クジは、博打の手段ばかりでなく、たとえば仕事や物品の割り振りなどにも非常に有効な方法だった。最初に述べたように、まったくの運次第だから、結果も阿弥陀さまの思し召しと納得できたのだろう。
 方法は阿弥陀クジとは限らないが、江戸時代の多くの寺では富クジも行われている。じつはうちのお寺にも籤箱(くじばこ)が残っている。これは今で云う宝クジの原型で、少額ずつ出し合った檀家さんに、夢のような高額が当たり、しかも寺は維持管理費を捻出できた。今は国が主催しているが、もともとはお寺の発案なのである。
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「心象風月bar暮らしのなかの仏教語」

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