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本来これは、厨子(ずし)などに入った大切な仏像を一般の眼に晒(さら)すことだが、どうも近頃はストリップ劇場でもお馴染みのようである。
たしかにアレも大切なものなのだろう。しかし大切ならば、そう簡単にご開帳してはいけない。一日何度もご開帳するのでは、有り難さも薄れるというものだ。
仏像の場合、十二年とか三十三年ごとのご開帳も多く、長いものだと六十年に一度だけしか拝めないということもある。いや、それどころか、東大寺二月堂の十一面観音、長野善光寺の阿弥陀三尊、そして浅草の浅草寺の観音さまなどは、これまで一度もご開帳されたことがない。つまり、これまで誰も直接拝んだ人がいないのに、あれほどの参詣客が集まるのである。
ここまで来ると、ストリッパーでは対抗できない。やはり小野小町くらいでないと力不足というものだろう。
それにしても、見られないことで有り難さが増すというのは、信心というものの不思議さだろう。そういえば小さな祠やお守りの中身も、昔から覗いては効果がなくなると云われた。
このやり方はインドには見られず、中国唐代あたりから始まるらしい。日本でも鎌倉時代から行なわれたが、滅多に見られないものが拝めるということで、それは集客や集金のための優れたシステムだった。江戸時代には、安置された秘仏をその場でご開帳する「居(い)開帳」のほかに、仏像を外に持ち出して行なう「出(で)開帳」というやり方も生まれた。そこには縁日が立ち、大勢の人々で賑わったため、賭博の座も開かれた。それゆえ後には、賭場を開くこともご開帳と呼ぶようになった。ここでの寺銭も、ご開帳による賽銭なども、寺院の建立とかお堂の修復といった目的に利用されたのである。
そういえば色町も、神社仏閣の近くには多い。共に「聖なる空間」として、人間の業を浄化する場所だったのだろうか。しかもそこでは大枚のお金が動いた。賭場だけは「聖なる空間」じゃないと思う方も多いだろうが、イカサマでない限り、そこでは貧乏人もたまさかの僥倖を受け取るチャンスがあった。いずれのご開帳も、稀な光に出逢う通路だったのである。
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