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さすらいの佛教語
19回 さすらいの佛教語
 祇園といえば、たぶんどなたも、京都東山の八坂神社の門前町を憶いだすことだろう。いや、そんな言い方よりも、京都の有名な遊里と申し上げたほうが早いかもしれない。
 しかしこの地名も歴とした仏教由来。八坂神社は元はお寺で、その名前が祇園寺だったことに因る。祇園の名前が人口に膾炙したのは当然『平家物語』の冒頭のおかげだろう。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」は、どなたも聞き覚えがあるはずである。
 祇園精舎は、本来はインドでお釈迦さまの外護者(げごしや)だった富豪のスダッタ長者が、コーサラ国の首都舎衛城に近い大きな森を修行のための場所として寄付した、その場所や施設の呼び名である。もとの所有者はコーサラ国のジェータ太子だったわけだが、伝説によれば、スダッタ長者はその土地全体に黄金を敷き詰めてこれを買い取り、そのまま寄付したのだという。
 祇園という名前は、正確には祇樹給孤独園(ぎじゆぎつこどくおん)の略である。これは孤児たちに食べ物を与える者の園という意味だから、この森はそのような場所だったのだろう。もしかするとジェータ太子が直接施しをしていたのかもしれないが、おそらく多くの人々が、そこへ行けば孤児に施すことができたのではないだろうか。
 祇園はその当初から、社会にうまく馴染めない人々を保護しつづけた場所なのかもしれない。人の死を知らせる鐘の音も、きっと世の中とは別な価値を響かせていたのだろうし、またよく知られるのは舞妓さんや芸妓さんたちの筋金入りの口の堅さだ。そこは単なる遊里というより、社会に馴染めない人々でも平然と匿える避難所であったのである。
 インドの祇園と京都の祇園を比べると、どうも京都のほうはお金がないと行けそうもない。だから社会に馴染めなくて、しかもお金のない人は、最近は東京の上野公園や大阪の長居公園などでブルーシートを張って暮らしている。むろん彼等は孤児ではないが、ともあれこの社会に馴染みにくい人々とお寺とは当初から深い関係にある。そのことを、我々僧侶は忘れてはならないのだろう。
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「心象風月bar暮らしのなかの仏教語」

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