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「考える人」新潮社 冬号
文/玄侑 宗久


1 木村  敏  『時間と自己』 中公新書
2 福永 光司 『老子』 朝日選書
3 清水 良典 『自分づくりの文章術 』 ちくま新書

 大人とは、「無常」を心底理解した状態だと思っている。その意味で、人間という存在のゆらぎをまざまざと見せてくれた『時間と自己』を、私は一時携帯していた。文章の格調も、じつに大人を感じさせた。またゆらぎの向こうにある世界を見せてくれたのが福永先生の『老子』だった。そこに表された柔らかくもしぶとい世界観は大人でこそ理解できるだろう。しかしそうは云っても、現実に我々は言葉でゆらぎを抑え、描写という関係性によって自然の分身たる自分をつくっていかなくてはならない。その実際の作法を懇切に教えてくれる本に最近出逢った。『自分づくりの文章術』は、人が言葉で大人になることも教えてくれる。

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sakubun

「道徳研究」 No.46 3月
文/玄侑 宗久

 これは最近、親戚の子供の通う学校で実際に起こったことである。小学校六年生のその女の子は、バスケットボールに夢中。要するに活発な子なのだが、その子が学校で禁じられているゲームセンターに友達と行ったことが告げ口で発覚。先生は、罰として原稿用紙五枚の反省文を書いてくることを命じた。
 昔から、反省のため、まるで苦行のように文章を書かせるという先生は確かにいた。それによってどれほどの子供たちが、書くことが嫌いで苦手になってしまうか計り知れない気がする。むろんそのことも問題だが、もっと問題なのは、反省文の内容である。
 反省文を書かせる以前に先生はひとくさりお説教をしている。その先生の思惑が、反省文の中に透けて見えるのである。親戚からファックスされてきた原稿を読むと、反省点はどうやら二つ。母親からお昼代としてもらったお金を百円節約してゲームセンタ−に行ったことを母親に詫びること。そして告げ口をしたクラスメイトに感謝すべきだということである。
 子供はたいてい、先生の気に入るような自分を作文のなかで造形する。だから彼女は、父と一緒に自営業で働く母親に詫び、そして告げ口したクラスメイトを称賛さえするのである。
 それに対し、当の母親は「それはあなたの自由よ。お母さんは気にしてないよ」と娘をなぐさめた。これを甘い親だと、どこの先生方も認識するのだろうか。
 また告げ口した子供を先生が無条件で誉めているらしいことが、私には何より気に入らない。たしかに先生にとっては、誰もが告げ口してくれれば管理しやすいだろうが、そんな雰囲気では、学級経営など成り立たないに違いない。生徒たちだけの秘密とは、友情の証でもあり、ときには大人になっても大事な思い出になる。どだい彼らを基本的に信用していれば、彼らは秘密さえも成長の糧にするはずである。現場は大変でしょうが、ひとこと苦言まで、お許しください。

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