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「日本経済新聞」文化面 5月16日 朝刊
 文/玄侑 宗久

koyou

我が老師


 吉川英治は「会う人みな我が師なり」という意味のことを云(い)ったらしい。しかし私にとって師といえば、やはり天龍寺の平田精耕老師だ。深い交遊について書くようにとのご依頼だし、果たして老師とのことを「交遊」と呼んでいいかどうかは疑問だが、とにかく人として最も「深い」ご指導をいただいた方だと思っている。
 問答の場では叩(たた)かれもしたし、怒鳴られたこともある。雲水時代は本当に怖いと感じていた。一等優秀な弟子はその思いも強いため、師匠にはある種の憎しみさえ抱くものらしい。しかし私の場合、どうしても「親愛」めいた感情で憶(おも)いだす。やはり三等の弟子だったということだろう。
 不立文字(ふりゅうもんじ)の禅宗ではあるが、芥川賞をいただいたときには思わず報告してしまった。そしてお祝いにいただいた墨跡には、老師そっくりの達磨(だるま)の上に「無一物中無尽蔵 花有り月有り楼台有り」と書かれていた。無心であればこそ全てがよく見え、無限な展開があるということだ。ああ、小説を書くことを認めてくださったと思い、嬉しかった。
 老師がじつは小説好きだと知ったのは、それから随分経ってからだった。
 今は病床にある老師のご快癒を、遙(はる)かに念ずるこの頃である。

※日本経済新聞社 法務室 知的財産権管理センター二次利用申請承認済 No.23084

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