06
「中日新聞」※「人生のページ」1月14日「東京新聞」※「生きる・心のページ」1月30日
中日新聞社
tokyo

1
絶対的なモノサシはない
 文/玄侑 宗久

 相補的というと、なにか難しそうに聞こえるかもしれないが、それほどややこしいことを申し上げたいわけではない。

物理学者の提言

 なるほど、この言葉の発生からすると、難しく感じるのも無理はない。これはもともと量子物理学者のニールス・ボーアが、今から七十年以上まえに、微小な量子たちの振る舞いが粒子にも見え、波動にも見えるという事態について、唯一成しえた整合的解釈と云(い)えるだろう。つまり、粒子であることと波動であることが、相対立することではなく、お互い相補って「全体性」に近似していくと見たのである。
 これによって、物事の実相は、観察によって知り得るとは限らない、いや、通常の観察では知り得ないものだということが判明したと云えるだろう。世の中に客観的な観察などというものはなく、いつだってそれは観察者の使う器具の性能や観察者自身の思惑にも左右される、一過性の出来事という位置づけになる。ボーアの言葉で云えば、「実験設定とは独立な量子の状態なるものは存在しない」。
 それまでの古典物理学の世界では、ある時刻の位置と速度が与えられ、はたらく力が知られているならば、その後の任意の時刻におけるその物体の位置と速度は一義的に決定された。これは物体の振る舞いが「因果性」に従っているということだ。
 たぶん我々の大脳皮質が「モノを考える」ということは、この因果律を使うことだから、この範囲では世界は頭で理解できるものとみなされていた。つまり観察結果は実相に重なっていると思い込み、そうした自信に裏付けられて、科学はさまざまな分野で進歩を遂げてきたかに見えるのである。
 ボーアの提言は、おそらく量子物理学に限った話ではなかったはずなのだが、人はなおも因果律でモノを考え、その当然の結果として、ああすればこうなるのだから、ああならないためにはこうしないようにしよう、というコントロール思想を生んでいる。
 自己の観察を絶対化し、因果律ばかり使うのは人間の本能なのかもしれないが、人知の及ばない世界への想像がはたらかず、相補的な発想のない人が強いコントロール思想を持つと、怖(おそ)ろしいことになる。
 今の世の中が極めて息苦しく感じられるのは、そのせいではないかと思うのだが、如何(いかが)だろうか。
 東洋には、じつは古くからこの相補的な見方が一般的にあった。
 『般若心経』における「色」と「空」も、云ってみれば人間の観察結果と実相のことだ。「色」をそのまま信じることなく、実相を感じる呪文(じゅもん)を実践せよと、あのお経は提言している。
 また死についても、病を治す力を象徴する薬師如来に任せてばかりでは苦しいから、たぶん阿弥陀(あみだ)如来を作ったのだろう。どのような死も、阿弥陀さんはその生と同様に受け容(い)れてくださる。治療からターミナルケアへの移行はそれによってスムーズになされるのである。

金剛界と胎蔵界

 空海が発明した金剛界曼荼羅(まんだら)と胎蔵界曼荼羅の並置にも、明らかに相補性を尊重する発想が窺(うかが)える。
 簡単すぎる言い方かもしれないが、ダイヤモンド(金剛)のように輝く真理を求める意志と、母親の胎のように現状を温かく容認する態度の、双方が人間には必要だということなのだろう。演繹(えんえき)的な見方と帰納的な見方と云うこともできるかもしれない。
 こうした東洋の発想から、多くの量子物理学者たちはヒントを得たことが、今では広く知られている。ボーアは老子や仏陀(ぶっだ)が好きだったらしく、また不確定性原理を提出したハイゼンベルクも晩年は真言密教を実践したらしい。中間子理論で日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士も、その発想は老荘思想から得たと語っている。
 私はべつに東洋の優位を述べようと考えているわけではない。ただ、コントロール思想ばかりで息苦しい今の世の中だからこそ、是非とも相補的な認識をあらためて自覚すべきではないかと思うのである。
 ニールス・ボーアは、常々この相補性という考え方を、哲学や心理学にも採り入れるべきだと主張していた。
 現実に即して云えば、どんなモノサシも絶対化してはいけないということではないだろうか。
 国家というモノサシ、学力というモノサシ、老人や福祉というモノサシ、あるいは心や愛情を測るモノサシまで、最近ではあまりに一律なモノサシが押しつけられてはいないだろうか。
 科学主義のせいにするつもりはない。なんといっても、科学者であるニールス・ボーアが相補性を再発見してくれたのだから。

「中日新聞」には、
サブタイトル:「真理求めつつ、現状も容認する態度が必要」で掲載されました。
当サイトでは、「東京新聞」に合わせて掲載しています。

yoritsuki oshrase profile yotei shinkan ichiran intervew taidan yukisetsu essey 前に戻る
syohyo sonota audio kobai voice kobai annai contact b2
copy