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07 rensai
2007.02(No.25)2月25日 広報誌「未来創発」野村総合研究所(NRI)
nomura wagami
「案ずるより産むが易し」

僧侶であり作家の玄侑宗久さんが、仕事や個人がよりいきいきとしていくためのヒントを禅的な視点から語るエッセイ「我が身の経営」。第8回は、あれこれ机上で思い悩むよりも、行動することで道は開けるという普遍の真実の大切さについて語ります。


文/玄侑宗久 写真/斉藤さだむ

 今回の標題は、たぶん誰でも聞き覚えのある諺である。意味はご承知のように、あれこれ事前に心配するけれど、いざ実行してみると心配したほど厄介ではない、ということだろう。
 こういう感覚は日本人だけじゃないようで、同じ主旨の諺が英語でもある。

 Fear is often worse than the danger itself.
 もっとはっきり言うと、
 The anxiety that comes from doing nothing is worse than any danger you might face.
 「はっきり」と申し上げたのは、二番目の文章では、案ずる原因が「何もしないこと」だと明言されているからである。何もしないで、ただ考えてばかりいるから悩むのだし、とにかく行動を起こせと告げているのだろう。ついでにこれも英語で言えば、
 Stop worrying about it and take some action.
 写真/斉藤さだむとでもなるだろうか。
 「産む」という文字から想像がつくように、元々はこの諺、心配しすぎる妊婦に告げた言葉に見える。
 私など経験がないから尚更だが、たとえ女性であっても初めての出産は心配なものに違いない。五体満足かどうかは勿論、ラマーズ法にしようかリード法で行こうか、あるいは産着の心配から始まって、成長後の養育費や学費の心配までしはじめたら、まるで心配の種を産むようなものだ。
 しかし冗談ではなく、最近の親たちはそう考えて事前に心配を募らせ、案じた結果難しいと判断し、そして産まないという結論に辿り着いている。政府もそれを受け、出産時の祝い金を増やしたり学費免除の年齢制限を上げたりしている。
 昔は、どんなに貧乏でも、産めばなんとかなる、と周囲も言ったものだし、現になんとかなってきた。いや、今だって本当はなんとかなるはずだが、現代人はたぶん想定内の手堅い人生を望み、無茶な冒険はしたくないのだろう。
 人が一人出現するだけで、じつは家庭にも会社にも想定外のことがいろいろ起こる。建物が一つできるだけで風が変わるように、そんなことは当たり前である。しかし最近は、どうも坐ったままで歩行状態を想定し、動かぬままにあれこれと考える。いや、コンピューターでシミュレートしたりするわけだが、風や地震が予測できないように、人の心という複雑系も予測不可能なのである。
 元々は「産む」場面からの言葉だが、当然ここにはいろんな言葉が挿入できる。案ずるより「交渉してみる」、「素直にお願いしてみる」、「百軒ドアノックしてみる」、「休んでしまう」。そのほうが、デスクで考えているよりは遙かに生産的なのだ。
 妊婦には安静にしていたほうがいい時期もあるだろうが、仕事の現場で思考に行き詰まったら、動いてみるに限る。おそらく人は、動くだけで楽観的に考えられる生き物なのである。
 人ばかりか、犬だって歩けば棒に当たる。この棒は、ぶつけられたわけじゃなく、相棒のことだからご注意いただきたい。相棒に巡り会ったのは、たぶん犬が歩いたからだ。犬は安産だというから、むろん産むは易いし、歩けば相棒にだって巡り会える。だから犬のように……。しまった、犬は去年の干支だった。

  Anyway,you should stop worrying about it and get to work.

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