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07 rensai
2007.08(No.27)8月25日 広報誌「未来創発」野村総合研究所(NRI)
nomura wagami
10「できるけどしない『たしなみ』」

僧侶であり作家の玄侑宗久さんが、仕事や個人がよりいきいきとしていくためのヒントを禅的な視点から語るエッセイ「我が身の経営」。第10回は、なんでも完璧にこなそうとするのではなく、時には、できるけどしないという「たしなみ」こそが大切だと提案します。


文/玄侑宗久 写真/斉藤さだむ
 このところ、やたらいろんな症候群が増えてきた。乳幼児突然死症候群、過換気症候群、エコノミークラス症候群はずいぶん耳慣れてきたが、最近はメタボリック症候群とかスーパーウーマン症候群などという新顔も登場している。
 症候群と名がつくと、大勢の人にそんな症状が出ているということだから、ああ、私だけじゃないんだと、ひとまず安心するようだ。しかし断っておくが、これは命名しただけで治療法が確立されたというわけではない。いや、本質的に、これは命名されることで安心するための呼び名のようなもので、病名と云えないものも含まれているのである。
 ところで私だけの個性を長年主張しておきながら、みんなと同じだと安心する、どうにも不可解な心理だが、いったいどういうことなのだろう。たぶん両者は密接に関係していて、独自の個性を演じることに疲れたからこそ「症候群」という避難所が必要なのではないだろうか。
 スーパーウーマン症候群に対応する男性の病名に「良い夫」症候群というのがある。
 スーパーウーマン症候群は、仕事も家庭も見事に両立していた完璧主義の女性が、たとえばインフルエンザで一週間会社を休むだけで発症したりする。むろんそれまでのストレスの蓄積によるわけだが、久しぶりに出社してもダルくて溜まった仕事が片付かない。そのうち眩暈や不眠などに悩まされ、頭痛や貧血まで出てきて仕事も家庭も投げ出すしかなくなってくるのである。
 写真/斉藤さだむ一方の「良い夫」症候群は、同じように仕事もバリバリやりながら妻にも優しく、買い物や子供のPTAにまでつきあうような理想的な夫である。それがある日突然に家を出てしまい、ホテルから会社に通いだしたりするのである。
 両者に共通しているのは、「なんでも完璧にこなす」という自己イメージが少しだけキズつき、そこから一気に自信が崩壊してしまったということだろう。神経科や心療内科に行くとたいてい「軽症うつ病」などと診断される。
 考えてみると、このようなスーパーウーマンやスーパー夫というのは、通信器機や交通手段が発達した最近だからこそ可能になった状態である。海外ともすぐにやりとりできる電子メール、飛行機や新幹線網、さらには車の利便性も増したから、できるはずのなかった両立ができるようになってしまった。なまじ優秀であるだけに、それらの手段に頼って「なんでも完璧にこなす」範囲をどんどん広げてしまったのだろう。
 朝、東京の会社に出社し、メールを処理して大阪出張、会議を終えてまっすぐ会社に戻り、上司に報告してからスーパーで買い物をして帰宅、子供の勉強をみてそれから妻(夫)と歓談、その後翌日の準備って……、いい加減にしていただきたい。
 できるんだからしてしまおう、という態度は、我が身という自然を経営する観点から見れば、非常に「だらしない」ものだ。もらえるものはもらっておこう、というのと大差ないのである。
 できないからしない、では進歩もないけれど、時に人は、できるけどしない、ことが必要になってくる。いや、それこそが人間という生き物を根底で支えているのではないだろうか。
 しばらく「症候群」という避難所で休息するのはいいけれど、「なんでも完璧にこなす」なんて個性でも何でもないと気づいたら、そのような「たしなみ」を取り戻して復帰していただきたい。 

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