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07rensai(3)秋
うつくしま、ふくしま米情報センター [ふくしま米需要拡大推進協議会]
文/玄侑 宗久
玄侑和尚のお米がたり

◎お稲荷さまの願い


 日本の神社で最も数多いのが稲荷神社だと云われる。次が八幡さまである。
 稲荷という文字からも判るように、当然そこに込められた祈りは稲の豊作である。
しかし遙か昔には「稲生」と書いて「いなり」と読んだ。つまり、稲という不思議なほど美味しい植物が実ることそのものに、神意を感じたということなのだろう。
 花が咲き、実が「生る」という言葉遣いは、今や「成果」という表現のように、「成る」に取って代わられた感がある。しかし「成る」より「生る」と書いたほうが、仏教的な「縁起」を思わせて好きだ。もともと種に仕込まれていたDNAが素質を成形させただけでなく、そこには永い期間に亘る温度や雨量や日照などが微妙に関係している。その関係そのものが、コメとして生るのである。
 これはおそらく稲やヒトだけでなく、どのような生にも共通した在り方だろうと思う。生の多様さのせいだろうか、日本語で読み方の種類が最も多い漢字は「生」らしい。生一本、生ビール、生粋、群生、生類、生き物、埴生など、訓読みは200種類以上あると云われるから、列挙するとキリがない。
 農業国であった日本のお稲荷さまは、やがて稲の生長を見守るだけでなく、あらゆる家業の守り神になっていった。思えば、鍛冶屋、タネ屋、水まわりの仕事だけでなく、あらゆる仕事は農業を盛りたてていると思える時代があったのだろう。
 終戦の頃までは、お稲荷さまの好きだという油揚げや卵を持参し、地域の人々だけで集う小さな稲荷祭がたくさんあった。
 稲の神の使いがキツネだと云われたのは、その毛の色が豊かに稔った稲の色に似ていたからだが、人々はそのツンとすました姿に、愛情と畏敬の念とを共に抱いてきた。どんな仕事にも、お稲荷さまを喜ばす神聖な行為として励んでいたのである。
 
田植え歌時は流れ、世は減反の渡世。神ならぬ政府が、札束で横っ面を叩くようにして稲作面積を減らそうとしている。また農業だけでなく、どんな仕事にも就かない人々が増えているのだからお稲荷さまはきっと悲しんでいることだろう。
 明るいニュースを会津地方で聞いた。
 減反の勧めに逆らい、できた米でパウンドケーキなどを作っている人が喜多方にいるらしい。私もお土産にいただいたが、旨かった。
 思えば中国では、麺類の四割ほどが米でできている。キツネが化けるのが得意であるように、じつは米もいろんな姿に化けることができるのである。これからは減反せず、麺類も射程に入れてほしい。お稲荷さまもきっと喜んでくださるに違いない。

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