「福島民報」 福島民報社8月12日号

日曜論壇 無茶
(78)

筋道が立たないこと、道理に合わないことを昔から「無茶」という。誰もが何度も口にした言葉だと思うが、「無茶」はどうして「無茶」と書くのだろう? 小学館の『日本国語大辞典』によると、「無茶」はあて字、「無茶苦茶」もあて字だと書いてあるが、本当だろうか。

来客にお茶を出さないのは常識外れとされたことから、「無茶」と書いたとする語源説もある(『ことばの事典』日置昌一著)が、一理は感じるものの、道理に合わないというほどのことかとも思う。そんなことを考えていたら、今年の酷暑に遭った。

最近は、猛暑よりも酷暑、烈暑などと表記されるが、この暑さは尋常ではない。しかもこの時期は、お寺にとってはお盆前の境内整備の大切な期間。永年頼んでいるシルバーセンターの人々に大勢来てもらい、墓地や境内の草刈りや片付け、掃除などを連日行なう。

修行道場はもちろん、庫裡の改修工事に来ている大工さんや左官屋さん、鈑金屋さんなどの職人さんもそうだが、午前十時と午後三時のお茶は決して欠かさない。もしかすると、お茶の時間があるためにその前後に集中して仕事ができるのではないかと思えるくらい、それは彼らの大切な休息と蘇生の時間である。

シルバーセンターというくらいだから、作業に当たってくださるのは高齢者ばかり、なかには八十歳を超えている人もいるが皆さん極めてお元気である。最高齢の総代さんは今年は銀色のベストを着て炎暑を跳ね返しつつ草刈り機を操っている。十時はともかく三時の「お茶」には見ているこちらもほっと一息つく。このままじりじり灼かれつづけたら本当に倒れるのではないかと思ってしまう毎日なのだ。「無茶」とは、それでも「お茶」休息を取らない「スポ根」的やり方のことだろう。

地球が温暖だった奈良・平安時代、「朝廷」は文字通り夜明けと共に出仕する場所だった。「朝貢」や「朝参」などの言葉もあるが、とにかく重要な仕事はすべて朝からお昼までに終え、午後は仕事をしなかったらしい。平安時代の貴族的文化なども、たぶん午後からの豊かな趣味の時間に発達したのではないだろうか。

鎌倉時代にはたまたま地球が寒冷期に入った。武士が政権を執った影響も大きいのだろうが、この時期に労働時間は夕方まで延び、「働」という国字もできた。今に続く勤勉なお国柄の基礎が、寒冷だったこの時期にできたと言っても過言ではないだろう。

もしも再び地球規模で温暖な時代が来るというなら、そろそろもっと大胆な「働き方改革」が必要なのかもしれない。夜明けと共に出社して昼前には退勤、というのは如何だろうか? 「そんな無茶な」と言われるかもしれないが、お茶は職場を離れてお昼を摂ったあと、自宅でゆっくり飲めばいい。


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