2018年8月 中日新聞・北陸中日新聞・東京新聞連載 うゐの奥山

第七四回 池さらい

人「さらい」という場合は「攫い」と書くが、池「さらい」だと「浚い」になる。誠に日本語は厄介だが、先日その池浚いを久しぶりにしたので報告したい。

うちのお寺には何百年前からあるのかよくわからない池があるのだが、永年のうちに有機物が沈殿するため、時々池浚いを行なう。

子どもの頃は、そのとき獲れるタニシや鮒などが楽しみだった。今どきの若者に訊くと、タニシも鮒も食べたことはないようだが、当時はそんなものでもご馳走だった。タニシは味噌汁にも入れ、煮物も食べたが、鮒はたいてい甘露煮ではなかっただろうか。

昔の池浚いでは大勢が池に入り、それぞれ網など持って魚を追ったものだ。当然水はむちゃくちゃ濁り、あまり効率がいいとは思えなかった。その効率的でないところが愉しかったのだろう。

しかし最近の池浚いはだいぶ趣が違う。頼んだ業者は水を吸い上げるポンプを持参したのだが、そのまえに面白い薬剤を散布した。「ネオナイト」という名前の薬剤は、水質浄化剤とされる。この白っぽい粉末を入れると、濁った水があっという間に澄み、底にはやや大きくまとまった泥が堆積するのである。

むろん、生物には害がないということなので全国に広まった。

この薬じつは島根県産で、シジミで知られる宍道湖などに濁水を流すことが許されないため、濁り水を澄ませる目的で開発されたらしい。瀬戸内海も排水規制が厳しく、主に西日本を中心に使われてきたようだが、東日本大震災以後は溜め池の除染などにも使われるようになった。泥水のままではポンプでも吸い込めない浮遊物が、この薬剤を入れると斑状に集合し、吸い上げやすくなる。しかも水が澄むため、排水可能な場所も一気に増える仕組みである。

薬剤を散布して水をよく掻き混ぜ、一晩置いてからポンプで吸い上げたのだが、今まで泥水で見えなかった魚たちが次第に姿を見せてきて楽しい。鮒、鯉、金魚、種類でいえばその程度だが、泥しか見えなかった池が澄んであからさまにその動きが見えはじめるのである。

そういえばこの池にはウシガエルもたくさんいる。ところがだいぶ水が少なくなっても、姿も見えないし、声も聞こえない。大柄なのにじつに敏捷だから、すでに陸に上がって隠れているのではないかと思っていると、案の定、ツツジの陰などで素速く動く大きな影があった。

彼らにすれば、自分の家か庭かと思っていた場所が、誰か知らない連中に侵されている。相当な危機感を持ったのではないだろうか。水が少なくなった池の中を、「キー」というウシガエルらしからぬ声を上げて敏捷に跳び去った。心のどこかで、この機会にウシガエルにはお引き取り願おうと思っていたのだが、思うだけ無駄だったことを知った瞬間でもあった。

吸い込むホースの口をあちこちへ運び、更には先がゴムでできたドライワイパーのような道具で汚泥水を掻き寄せ続けている。四十二歳だという彼は、もともとは山で治水工事のような仕事をしていたらしいが、最近になって水場の仕事をするようになったという。完全にウェットスーツを着た彼が終始池のなかにおり、長靴を履いた社長が汚泥の落下場所との間を往復する。しかも社長は、双方で冗談を言いながら、四人ほどの従業員と会話しつづけている。

私も昨日と今日は何度も何度も池までの道を往復し、その会話に加わって楽しい思いをした。そこで私は組織の長のあるべき姿を見せてもらった気がした。いわきの業者が県内各地に呼ばれる所以でもあるのだろう。梅雨明けまえの清々(すがすが)しい時間だった。


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