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昨年対談させていただいた内容が、一月に『脳と魂』として筑摩書房から刊行された。二度お会いしたなかで、僭越ながら養老先生に戒名をつけさせていただいたのだが、左下の色紙に書いた「養風」は、その戒名に用いた字面である。(サイト上では左横に掲載)
むろん先生が、虫獲りがお好きなことも「養風」には込めた。もっと云えば、あれだけ大脳をフル回転させる先生が、かなり意識的に体や自然を重視されている事実を盛り込みたかったのである。
先生は対談のなかでも、「世の中のニーズ」を「理解してるっていう意味じゃなくて、肌でわかって」いたと仰る。つまり、これは風を感じるような、「勘」ということだ。たしかに先生は勘がいい。
しかも勘で現状を感じとるだけじゃなく、先生はご自分がなんとか世の中を、望ましい方向へいくらかでも動かしたいと念じていらっしゃる。そのやり方が、おそらく「養風」なのである。
もともと道教の修養法でもある「養風」は、理屈ではできない。しかも人は、結局理屈に従いてくるわけではなく、風に従うのだろう。
風に乗って養老先生が広まり、その風をまた先生は養い育て、そしてそれがまた風で広まっていく。つまり先生は、風を養いながら風と遊んでいる。それが今のブームなのだと思う。
この風は、どんどん広まってほしい。先生には、呂洞賓(ろうどうひん)のように風を自在に操り、お名前どおり養老の仙人になるまで風を送りつづけていただきたい。
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