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初 出:「SAPIO」12月14日 1月5日号(新年合併号)
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 メッカ大巡礼の全容を5年にわたって取材し、チベットという極限高地における信仰のあり様を今なお追い続けるなど、世界の"祈り"をめぐる風景を見つめてきた写真家・野町和嘉氏。国際的にも評価の高い同氏の、まさに集大成ともいうべき1冊『地球巡礼』が刊行された。
 500ページを超える大写真集は、手に、目に、ずっしりと重く、人々が祈りにこめた思いが、見る者の心まで震わせる。
 サハラ、チベット、インド、エチオピア、ナイル、アンデス……。野町氏が見つめる祈りの風景はいつも多様な自然とともにあり、グローバルスタンダードという美辞のもと平板化した社会に生きる我々が目を見張るような、バラエティに富んだ風俗、生活習慣とともにあった。
 人々が信じる宗教もまたそれぞれで、その多様さのなかにも祈るという行為の普遍性を感じさせる渾身の1冊を、芥川賞作家にして臨済宗僧侶・玄侑宗久氏と読む。
(構成/橋本 紀子)
 1ページ、1ページを丁寧に繰る玄侑氏の手は、深い溜め息とともに幾度も止まった。すべてを繰り終え、本を閉じると、出るのはさらに深い溜め息である。


いかがでしたか。


「……感動、しますね。いやあ……感動なんて言っていてはいけないんだろうけど、その先の言葉が継げないくらいこれはすごい、本当にすごい」


とりわけ人々の顔、表情に見入っていらしたようですが。


「ここにはさまざまな国の人々が見せるさまざまな表情があるわけですが、日常の顔ならある程度、外国人観光客にも見せることがあるかもしれない。しかしこの本は……人間には"親にだって見せない顔"というのがあるでしょ? そういうものに満ちあふれているんですから。
 つまり信仰の絶頂の、人間ではない何かに向き合った瞬間の無防備な顔ですよ。でなければこういう顔にはならない。それが撮れてしまう野町さんという写真家がまず驚異ですし、この地球の、さまざまな人のさまざまな神に向き合う心を巡った彼の"巡礼"に感謝したい」

 本書は『サハラ 砂の地平線』に始まり、『チベット 極限高地の仏教』、『インド ヒンズー教5000年の流れ』、『エチオピア 旧約聖書の世界』、『メッカ・メディナ イスラーム宇宙の中軸』、『ナイル 文明の川、原始の川』、『グレート・リフト・バレー 人類揺籃の地』『アンデス 星と雪の巡礼祭』と、全8部で構成されます。
 そしてそれぞれ、サハラなら広大で目の眩むような砂漠、チベットなら恐るべき大地の起伏と、まずは自然の景観に読者は圧倒されます。その圧倒的な自然のなかに人々がいる。湖で飲み水を得るため氷を割る人、羊を追う人、赤ん坊に乳をやる若い母親といった日常の風景。地平線を望む砂漠で1人、メッカの方角にひれ伏すキャラバンの男、標高5000mの氷上に立つ十字架めざして、雪の降りしきる夜の闇を行くアンデス「星の巡礼」の列、アフリカのエルサレムこと聖地ラリベラで人類の始祖・アダムの墓()に祈りを捧げる女性など、信仰をめぐる風景……。

「文明国における宗教というのはもはやアイテム化していて、すでにこういう全体性を持っていない。ここには、資本主義社会に安住する我々とは全く別の価値観があり、信仰とともにある彼らの"常識"があります。
 とはいえ信仰そのものが人生という生き方は、すべてを捨てて、捨てきらないと、できるものではない。現代は"ため込む社会"ですからね。人がひとつ所に定住すれば必ずストックを生む、生活が淀む、心まで淀む……もっともこれはかの釈尊でも頭を痛めた問題でしたが。
 彼らにしても現実には、聖地巡礼という非日常への旅が、日常を二重構造で支えている面はあるとは思う。しかしその二重構造さえ今や我々の多くは失ってしまったわけで、だから彼らの常識が目に眩(まぶ)しいのです」
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