その常識は、日常と信仰が隔たることのない生活の美しさに裏打ちされたある種の確かさを感じさせ、とてつもないバラエティに富みながら、自然に対する畏怖において共通します。
野町氏がとらえた、祈りの風景もさまざまです。チベットの聖地ラサをめざし、実に1800kmもの距離を五体投地、つまり手も足も胸も腹もすべて投げ出し、地を這ってゆく巡礼たちの筆舌を絶する表情。メッカに赴き、または「星の巡礼」を遂げ、それぞれの神との約束を果たした男が女が、感極まって流す涙の静かで美しいこと。
ところで祈るという行為を禅宗ではどう考えるのですか。
そう考えながらあらためて本書をみると、人々の祈りを妨げるものは宗教の別でも厳しい自然でもなく、効率的で一様な世界をめざそうとする、日本を含めた先進を自負する国のあり方にも見えてくる。野町氏は書いています、<排他的な一神教の世界観を源流とする弱肉強食の競争社会の行く末に、はたして未来があるのだろうか>と。