これは、仏教的な考え方としてもあるものです。今と少し前の今は、本当はそれぞれ独立した瞬間なんです。人生はくくり切れないほどの不連続性に満ちています。因果はありますがそのすべては決して見えない。でも人は、自己というものに統一性をもとめるために、ありとあらゆる時間に連続性を求めます。そして自分に都合の良い物語をつくって、それによって自己認識や価値判断をしている。いわば時間を捏造しているんです。これが人間の最後の煩悩で、それからの解放が死であるという考え方です。アイデンティティーからの解放ともいえます。医学的には意識の混濁という言い方とは、ちょっと違ってくるのではないでしょうか。