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言葉によって対象を固定すると、リアルな身体感覚が損なわれてしまうような気がしています。たとえば「地球環境問題」という言葉をとっても、迫りくる危機を実感するのは難しいことですよね。
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実感というのは難しく、地球が丸いことも太陽の周りを回っているということも、ほとんどわれわれには実感することができません。でも、実感重視の立場からは、私の周りを太陽が回っているという捉え方でもいいのではないでしょうか。坐禅をしているとき、自分は宇宙の真ん中に在り、わたしの周りを日月星辰がめぐっているという感覚があります。その感覚は、知識偏重の世の中にあって大事なことだと思うのです。しかし、地球環境ということになると、大脳皮質に思い込ませておかなければならないこともあるのでしょう。ロジカルに物事を考えるという大脳皮質の持つ役割の範囲をできるかぎり広げていくわけです。
そう考えると、都市化に突き進んでいる中国が怖いですね。現在、世界に5億5千万台の自動車があるようですが、中国人の2人に1人がクルマを持つと6億5千万台増えて、地球上のクルマの数はいまの倍以上にもなる。すると地球は破壊的になる危険をはらんでいます。意識で自然をコントロールしていく都市生活というのは、あまりにもエネルギーの無駄が多いのです。先進国では行き着くところまで行って生命そのものまで人為的に管理しようという動きに至っているからこそ、コントロール思想は危険だということになった。人間はもはや森林には戻れないが、おそらく田園というのがほどよい状態なんだろうと思います。
しかし残念ながら、田園というのはいったん都市化しないと戻ろうとは思わないところなんです。都市化していない人々を田園にとどまらせるのが無理だというのは、毛沢東の失敗で明らかなわけです。毛沢東は国の基(もとい)は農業にあるといって都市の人間を農村に連れ出しましたが、こうした「下放政策」が失敗に終わったのは、都市生活を望む大衆の人間的な欲求を軽視していたためだと思います。
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しかし、中国がいったん都市化してから行き過ぎに気づくというのでは遅いのではないでしょうか。
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【 ※注 小平】の時代を経ると、60年代頃の日本と状況がよく似てきて、中国でもイデオロギーを捨て、経済に身をゆだねるようになったのですが、この変化は日本よりも加速度的ですから、どういうことになるか?日本が果す役割は大きいと思います。もともと日本人は自然をこよなく愛し、台風そのものにも恵みを感じとるような「受容力」があるのだから、せめて日本の70年代初期くらいの段階で、中国が自然回帰することの意義に気づくように仕向けることが必要だと思いますね。
現状を100%肯定することが大事だという話を先ほどしましたがT知足Uというのは、内側にすべての富があるという考え方なんです。外から何かを獲得するのではなく、内側の豊かさを見直すことが最大の省エネだと思います。中国では、すでに紀元前に人為的な世界を否定する老子、荘子という人物が出ているわけです。そうした内側の歴史を自らが見直すことができれば、かろうじて都市化の流れも変わるのではないでしょうか。
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自然に還ろうとする意識は、至る所で時を同じくして芽生えていると思います。『リーラ』という小説は、自殺した魂の救済、そして共時性(シンクロニシティ)というテーマを含む興味深い作品ですね。
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『リーラ』を書いたのは、自殺が急増しているという昨今の社会的背景がありました。世にわからないことが無数にあるのは当たり前なのに、合理的に考えればすべて解決すると思い込まされているのでしょう。残された人間が自殺のわけを突き詰めても決定的な答えはない。自殺はロジカルに考えて死んだわけではないからです。それもひとつのきっかけになったかもしれないが、勝手な思い込みが世界の見方まで変えてしまうことも含めないと、正しく感じとることはできない。
しかも、人間には確固たる「個性」があると信じ込まされていると、自分なんて変わりようもない。状況ひとつでどうにも変わるのが人間だってことは、これまでに教えられていないわけです。人間というのは、別人のようにガラッと変わるものですよ。おそらく大きな変化は、ドミノ倒しのように連鎖的に起こる反応なのでしょう。すべては縁起のなかの出来事であると私は受け止めていますが、因果のつながりは全部は見えないのです。それなら大脳で勝手につなげるというエネルギーの浪費をやめて、ひとこま、ひとこまを単独にみればいい。「失意泰然 得意淡然」という昔の中国の言葉に倣って、あらゆる価値判断を停止し、しかもそこに”希望”を残しておくことです。大脳皮質に備わる言語を生み出す装置が休息したとき、たぶん、人は神通力を出すことができるのだと思うのです。
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出家して、ここ福聚寺に戻られたのは27歳のときだと伺っています、さまざまな宗教遍歴を経て、臨済禅を選択された決め手は何だったのですか。
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私がめぐった新興宗教は、いずれも当初は新しい宗教を打ち立てた草創期の若々しい活力に満ちていました。しかし、やがて多くは組織を維持するための集金原理に蹂躙されてしまったのです。私が寺に帰ってきたのは、禅というもののおおらかさ、懐の深さに大きな魅力を感じたのですね。ある種、宗教でないような変わったところが禅にはあって、特定のお経を唱えたり特定の仏を拝むわけでもなく、坐禅の修行をするのです。
たとえば臓器移植問題といった社会問題をめぐって、宗教界では何宗の何派はこういう見解を出すということが多いのですが、臨済宗には”統一見解”というものがないんですよ。「私はどう考えるのか」という問題は臨済宗とは関係なく、それぞれの家風なんです、だから自分がどのように考えても”わたしの禅”のなかでは十分に成り立つわけです。そのような禅の間口の広さは、よそで自分が経てきたあらゆる経験が、そこに乗かっていく基盤となってくれるような気がしたのです。そして、いかに、精神の自由を得るかということが、禅がめざしている最大のテーマであると思います。
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お釈迦さまは「この世は美しい、人の命は甘美なものだ」という言葉を残したそうですが、玄侑さんは、日々の生活の中であの言葉を実感されますか。
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地球環境やエネルギー問題の深刻さを思えば、そうも言っていられないのかもしれませんが、この世が美しく見えるかどうかは、「この世」だけの問題ではないのです。わたしとこの世が出逢う、その出来事のあり様なんです、仏教では、純粋な客観も純粋な主観もなく、主客が相互に絡みあいながらひとつの認識が生まれる、お釈迦様は、それが美しいと表現されているわけです。そういう意味で私は、この世は美しすぎて困っちゃうんです。人生のひとこま、ひとこまはみな違うのですから、それぞれのひとこまを存分に味わっていると、人のいのちは本当に甘美なものですね。
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