06 初出:「毎日が発見」10月号 通巻33号(株)角川SSコミュニケーションズ 9月28日 1p
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人生の締めくくりの大事な儀式である葬儀。今、その姿が変わろうとしています。
形式にとらわれず、簡素に、思い出を偲(しの)べるように。心に残る葬儀のための情報をお届けします。

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『お坊さんだって悩んでる』
文藝春秋/820円(税別)
玄侑さんが全国のお坊さんからの悩みに応えた、雑誌『寺門興隆』の連載に加筆・修正したもの。
葬儀やお墓、法事などお寺とのつきあい方がわかります。
 玄侑宗久さん
取材・文/丸山佳子 撮影/百瀬恒彦

お葬式のやり方を考える前に、もう一度、
お葬式の意味を考えてほしいのです

 人が死んだら、なぜお坊さんを呼んでお葬式をするのか? 素朴な疑問なのですが、お葬式についてあれこれ考える前に、理解しておいてほしいと思うんです。
 私は、「お葬式は人生の卒業式」だと説明しています。学校の卒業式もそうですが、人間というのは節目がないと大きく変われない。だから昔から、元服だの、成人式といった節目を設けてきたわけです。では、生まれたときが入学で、死んだときが卒業かというと、そうではない。本来、仏教では得度(とくど)して仏の教えを学び、坐禅を組んでということになりますが、仏教とご縁ができた、お寺にご縁ができたときが入学なんです。お寺というのは、寺子屋、学校の役割もあったわけで、昔の人たちはお寺に入学しているという意識があった。だから、卒業式はお寺にやってもらうのが当たり前だったんですね。
 ところが今は、東京などの都会では、ふだんの生活でお寺とつきあうことはほとんどなくなってきています。そこで、どこで卒業式をやってもらうんだろう? 葬儀屋さん、もっと自由にやってもいいの? といった多様な考え方が出てくるわけですね。

どうしたら故人の人生があざやかに浮かび上がるのか……。
その演出を考えるのがお葬式


 お葬式の主役はあくまで故人。しかし、本人はすでにいないわけですから、主体となるのは遺族です。故人の人生をより印象深く、あざやかに浮かび上がらせて卒業させてあげるためには、当然、演出が必要になってきます。私たち僧侶がつける戒名、霊前に捧げる香語(こうご)などにも、故人の生きた証しを伝える意味合いがあるわけですね。
 しかしお葬式というのは、家族が亡くなったという非常事態の中、時間なく行われるものですから、遺族はどうしても葬儀屋さんの意見に流されがちになります。そのために故人らしさよりも段取りや効率化が優先されて味気ないものになってしまったり、場所が自宅から葬祭場に移ったために、祭壇の花、遺影、斎場全体の飾りつけが異様に派手、ということも起こってきます。演出を踏まえた儀式である以上、いろいろな工夫が登場するのは自然な成り行きですが、全体のバランスが崩れるような演出は、いかがなものでしょうか?
 以前、うちの檀家さんで、「故人が赤いバラが好きだったので、祭壇は真っ赤なバラで埋め尽くしたい」と希望された遺族がありました。葬儀に赤いバラ、と思われるでしょうが、情熱家であった故人の側面が端的に表現されて、とてもいい祭壇でした。また、「故人が好きだった絵本があるので、読経の代わりに絵本を読んでほしい」と言われたこともあります。物語に乗せて亡くなられた小さなお子さんの魂が天に昇っていく感じがあり、この葬儀もまた、印象的でした。故人を偲ぶために、遺族が主体的に演出を考える、それが、お葬式本来の姿なんだと思いますね。

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