はい。神社であるために多くの人は国家神道の亡霊を感じてしまうのではないか、と。これからは宗教施設ではない、慰霊の場を設けなければならないという提案も上がっているようですが、それではしかし政治的施設になってしまい、永続性が確保されないと思います。
重ねていいますが、国家だって世間だって間違いを犯すわけです。だから振り回されすぎず、自分の人生を処していくために、私自身はクッションとして仏教や禅の考えを参考にしている。そのうえでしかし、実際にイラクへ派遣される人には、結局「死ぬなよ」としかいえないでしょうね……。
民間人の犠牲は何人までやむおえないのか、自衛隊から犠牲者が出たとして、それが何人になったら撤退も考慮するのか。政治的には具体的な数字で答えを示してほしいと思いますが、むしろそういうところに限って、ますますあいまいなまま放置されていくのでしょう。