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この場合、問題は人知の及ばない世界にわれわれがどう関わることができるか、そして、祈りは運命にどう作用するのか、ということになります。私はどんな事態が起こっても、それが天命、つまり制御できない自然な現象だと納得するためのアイテムとして、お守りやお札があるのだと思っています。自分に不利益を及ぼす事態に遭遇したとき、それが誰か他人のせいだと思うと非常に不自由な思いにとらわれてしまう。尼崎の列車事故も運転士に非があるとされるわけですが、その時間、その電車、その車両に乗っていたそれぞれの犠牲者のその日の偶然、そんな偶然と必然の、無数の関係性のなかの出来事だったと思うのです。
だからこの本では、<お守りやお札を見たら、世界の中心が自分でないことを確認し、そして大きな流れを肯定的に受け止め、その流れそのものである「天命」や神を信じる>。そうすることで誰かのせいにするという、きわめて不自由な思いから自由になってほしい、と回答しました。
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