書評『アミターバ−無量光明』
「読売新聞」読売新聞社 夕刊 2003年10月23日
[文 芸] 03-8
文/尾崎 真理子

 実際、<生の謎>に真摯に迫る作品は、今月も新たに生まれている。玄侑宗久氏(46)『アミターバ=無量光明=』(新潮)は、胆管がんに侵された八十歳目前の女性が、約三か月後に亡くなるまで、そして肉体を抜けて光になり、浄土=アミターバに受け入れられるまでを問わず語りするという、リアリズム小説の限界に挑んだ中篇。
 臨済宗の僧侶である作者は、語り手の婿にあたる<慈雲さん>のたたずまいと重なる。慈雲から素直に生と死にまつわる仏教の智慧を受け取り、ひとまず気持ちを落ち着けた上で、この老女は意識の混濁を迎えるのだが、そこから先の、現実の時間から意識が離脱して行くプロセスが生々しい。しきりに語られるのは、現実を超えて存在する時空を、「私」の意識が消滅することなく自在に駆け巡り、過去の時間の流れを鳥瞰(ちょうかん)するbar、その圧倒的な幸福感である。
<たぶん人間って、いろんな時間や、その時間にいた自分を勝手に組み合わせて、自分の人生をまとめようとする(中略)それが最大の煩悩だと思う>。
 時間からの解放がすなわち「死」であるとする慈雲。なぜ浄土があっても不思議はないのか。アインシュタインの理論まで動員して「死」という現象に彼は言及していく。その言葉が慰めを超える説得力を備えているのは、宗教と科学、医学の問いを混入してなお壊れない、小説という入れ物を存分に活用しようという作者の意欲が、よほど強かったからだろう。
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「読売新聞 」読売新聞社 9月17日号
03-7
文/瀬戸内 寂聴

 多くの人にあの世はあるのか、極楽はあるのか、地獄はあるのかと訊かれる。問う人は年齢も男女の別もない。
 殊に近い過去に愛する人に死別した人たちは、涙ながらに真剣に訊いてくる。また現在、すでに医者から死期を予告された病人を介護している肉親からも問われることが多い。
 そんな時、わたしは全く困りきってしまう。
 八十一歳まで長生きするとは愛別離苦を、骨の芯まで味わうことだと思い知らされている。そんなわたしがあの世があるかないかなど、口幅ったいことを言えるわけがない。しかしわたしは三十年前出家して尼僧になっているので、質問者は、何かしら出家者の口から、はっきりしたあの世のイメージを聞きたいと思うらしい。
 出家以前は、私は無神論者を標榜していたが、それは無智の恐いもの知らずの思い上がりで、真剣に自分がどこから来て、どこへ消えて行くのかなど考えたことがなかったのが正直な告白である。
 けれども出家後、次から次へ親しい人、愛する人をあの世に見送る度、わたしは僧侶としてひとりで亡き人のために阿弥陀経をあげる習慣をつけていた。阿弥陀経の中には人が死んで往く浄土の光景が美しく描かれている。そこでは人々は食べる心配もなく、年中美しい花が開き、美しい声で鳥が鳴き、家々は金殿玉楼で、池は金砂銀砂が敷きつめられ車輪のような大きな蓮が咲き、光りを放っているという。その極楽浄土の描写は、現代人の我々の目には、あまり劇画チックで、そこに住みたいという意欲にとらわれない。けれども貧困と飢えに苦しみ、住む家にも不自由していた二千五百年前のインドの民衆にとっては、そういう極楽浄土の描写だけでも、心が慰められたことだろう。二十一世紀の現代では、人々は人工の力で金殿玉楼を築き、電気という魔法の力をもつものを発明し、夜の闇さえ追放してしまい、まぶしい光りに満ちた歓楽街を造り出している。ところが人間の自力で造り出した極楽は、どうも住み心地が快適ではなく、そこでは争いと殺戮が性こりもなく繰り返されている。その悲惨さこそが、地獄で、お寺で見せる地獄図のような絵空事ではなく、これこそが現実の地獄だと思わずにいられない。
 死ぬのが怖いのは、あの世への旅立ちには地図のない国へ向かう不安が先立つからだ。ほんとに極楽はあるのか。先に死んだ愛する者たちはどこへ行ったのか。そういう質問に責めたてられていたわたしは、わたしの息子くらいの年齢の玄侑宗久さんという禅宗の坊さまの小説「アミターバ」にめぐりあい、一気に読了した。
 そこには慈雲という作者の等身大らしく見える僧侶がいて、その僧の妻の母が、悪性のガンに冒され、医者から三ヵ月の余命と宣言されている。八十歳のその義母の病床の独白で、小説が構成されている。この病人は性格が明るく楽天的で、聡明ながら、おっとりしていてユーモアを解する剽軽さを具えていた。
 この病母を介護する娘夫婦の優しさと献身は、現にそれと同じ立場にある人も、かつて同じ経験をしてきた人も、やがてその立場に置かれることを逃れられない人も、一人残らず、深い感動に打たれ心を震わされずにはいられないだろう。自分が死の病に倒れたなら、このような心こもった優しい介護を受けたいと誰もが望むだろう。
 中でも慈雲の説く人が死ぬとその瞬間何かがエネルギーに変わり、その熱量は、二十五メートルプールの五百二十九杯分の水を瞬時に沸騰させるという話にはびっくりしてしまった。小説の主人公と同じ八十ローバのわたしは、この病人と同じ程度にしか、慈雲の説く物理学は理解出来なかったが、人間が死んで、肉体という物体が消えても、エネルギーとなって残るという説には、非常な安心感を得た。
 わたしが日頃、人間は死んで肉体は灰になっても魂は残ると思うんですよと、人々に話していることの「魂」を「エネルギー」と置き換えればいいのだとハタと気がついたからだった。この小説では「幽霊」のことを「出現物」と呼んでいる。要するに、エネルギーとか出現物とか言えば、物理学的に高尚らしく聞こえるが、死んでも魂が残り、逢いたい時には幽霊となって、逢いに来ることが可能なのだと考えればいいのではないか。アミターバ。無量光明、阿弥陀さん。禅僧が説く浄土教のような慰めのことばに、こよなく心が惹かれた。
 わたしは唐突に思い立ちいきなり福島三春の里の福聚寺に訪ねていった。桜で有名な古刹の副住職で新進気鋭の宗久さんは、何の不思議さも見せず迎えてくれた。
 「さっき、今年はじめて鈴虫が鳴きはじめたんですよ。まるでお待ちしていたように」。
 玄関の上がり口に硝子鉢に飼われた鈴虫たちがうごめいている。日増しに遠くなっていくわたしの耳にも、寂かな澄んだ鈴虫の音が沁み透ってきた。これこそアミターバ、極楽から送られてくる梵音だと、わたしは全身で聴き入っていた。
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「中日新聞」中日新聞社 2003年7月19日号
週刊読書かいわい03-6
文/清水 良典

 私はあの世も霊魂も幽霊も信じない。あるとしたら、銃やミサイルで殺されたり、ビルの屋上から突き落とされたり、家族もろとも手錠でつながれて海へ捨てられたりした罪もない人たちの無念の霊は、どうなるのだろう。その下手人たちが残らず亡霊に祟り殺されでもしない限り、信じられるものではない。しかし、そう強弁するのは逆に、あってほしいという願望のようなものがあるからなのだろう。
 玄侑宗久の『アミターバ』(新潮社)に感動したのも、そのもう一人の自分に違いない。 
 本書は著者が義母を癌で亡くした体験をもとに、人の死を真正面から追体験してみせた異色の小説である。八十歳を超えた女性が肝臓の胆管部に進行癌を発見される。手術をしても助かる見込みがまずないといわれる部位である。寺に嫁いだ娘のもとに身を寄せている彼女は、婿の僧と死について問答を交わしながら、少しずつ自分の死を受け入れていく。やがて意識から時間の束縛が失われていく。かつて見た景色や体験が、現在と地続きで鮮やかに浮かんでくる。悲しみではなく、まばゆい光とともに慰安に包まれる。
 読んでいると、自分もいつか迎えるそのときに思い浮かべる風景が見えてくる気がした。初めて自転車に乗ったときの息子のうれしそうな顔。散歩したときの路傍の草花を見つめた幼い娘の眼差し。若いころの父母の顔と声。涙が出てしかたなかった。
 amita私の感銘にはもう一つ個人的な要素が交じっていた。まだ四十代で同じ癌で亡くなった私の親しい同僚がいたのだ。理不尽といってもいい彼の若い死をしばしば私は思わずにおれないが、本書を読んで彼の死もこのように安らかであってくれたらと思えた。
 ある場所で本書の書評を頼まれたとき、その友人のことも一行だけ書いた。すると程なくして、玄侑氏から手紙が届いたのだ。彼はその友人のことに触れ、知人から教わった「病跡学」という学問のことを述べていた。どんな性格の人がどんな病気にかかるかを調べる学問らしい。それによれば、胆管部の癌にかかる人は、他人に慕われる素晴らしい性格の人物なのだそうだ。あなたの友人もきっと素晴らしい人だったでしょう、と玄侑氏は書いていた。
 その手紙が届いたのが、友人の命日だったことにあとから気付いた。もちろんこれは偶然である。しかし、遠いところから差し伸べられた縁を感じさせる偶然である。
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