書評『リーラ 神の庭の遊戯』

「朝日新聞」朝日新聞社 朝刊 2004年11月7日
04-8
[評者]天外 伺朗  作家

 relaいわずと知れた芥川賞作家にして現役の僧侶、一貫して真正面から「死と救済」に取り組んできた著者が、自殺という重いテーマを扱った書き下ろし長編。そのわりに、読後感がさわやかなのは、この著者の作品に共通の特徴。
 自殺した若い女性にかかわりあった六人、弟、その恋人、母、再婚した父、男友だち、ストーカーだった男、などがそれぞれの視点から死者とのかかわりを語り、スパイラル状に自殺に至る経緯が明かされていく。自殺者の頼りにするイオン樹液シートなどの小道具、やたらにありがとうと書きつける様子など、現代社会で居場所を失った人々の典型的なはかなさがよく書かれている。自殺への伏線となったストーカーの、無言電話には慈悲で応じるべきだ、と勝手に決めつける心理描写も成功している。
 副題の「神の庭」は、無言電話の背景に流れていたスペイン語のボーカル曲で、被害者も気に入って買ってしまう。そこに、加害者/被害者では割り切れない、複雑な人間関係を匂(にお)わせている。最終的には、死者も、自らを責める生者たちも、ストーカーさえも救われてゆく。
 題名の「リーラ」は、インドの言葉で「神の遊戯」の意。語源は「揺れる」。一見偶然に見える事象の背後にある、目には見えない神秘的な秩序をさす。
 「私たちが生きているのもリーラ。死ぬのもリーラ。(中略)きっとみんな、植物も動物もどこかで繋(つな)がってるんだわ」と、弟の恋人にいわせている。その繋がりを求めて人は生き、救われてゆく。
 死後の世界、成仏とはどういうことか、などは著者の作品に常につきまとうが、本書では弟の師匠の整体師や、恋人と一緒に姉の成仏を頼みにいった沖縄の霊能者(ユタ)の口を通して語られる。その中に、仏教の教義と、科学と、民間伝承の間をさ迷う、著者自身の「揺れ」が感じられる。じつは、その「揺れ」は、近代文明国に生きる人のほとんどが感じている。僧侶でありながら、仏教の教義を押しつけることなく、自分自身の「揺れ」をそのまま表現しているところに、この著者の小説の魅力があるように思われる。
Copyrights 2004 Asahi Shimbun. All rights reserved.

「ダ・ヴィンチ」メディアファクトリー 2004年11月6日

ダ・ヴィンチBook Watcherの
dvi
あらゆるジャンルの新刊本から、目利きのBook Watchers10人が選りすぐりの20册を紹介。
気になる本を探しておトクな読書をしてください。
清水 良典(しみずよしのり)●文芸評論家
「一軒の家の蔵書は一つの生き物のようだ。新居の三つの部屋の書棚に適当に本を詰め込んだが、どこに何があるか体に馴染むまで落ち着かない。ほんの一冊移動しただけで、連鎖して次々と行き場所を求めて本たちがざわつき始め収拾がつかなくなる」

フィクション/現代小説
自殺した若い女性の魂を生き残った者たちが追い求め、いつか自らが救われる物語
 玄侑宗久という作家は、『禅的生活』に代表されるような説教や伝道の方面での活躍が最近やたら目立つが、本来は実力のある小説家である。そのことを証明したのは前作の『アミターバ』だった。死にゆく者が現世を離れていく心のプロセスを事細かに語ったその小説は、語りえぬ他者の声を想像力で語らしめるという小説のありうべき力を最大限に発揮していた。その仕事を受け継ぐ本書は、今度は死者に取り残された生者たちが魂の平安を回復しようとする物語である。若い女性が突然自ら命を断った。ショックから立ち直れない母親や弟、彼女をストーキングしていた男、親しくしていた男、彼らはそれぞれの喪失感とともに彼女の死の謎と、自分の魂の空漠を病み始める。いってみれば彼らはみんな本来の魂をどこかに落として見失ってしまったのだ。自分のあるべきはずの魂が見つからない、いま日常を生きている自分が虚ろな器であるような思い。それはじつは現代人に多かれ少なかれ共通した不安である。ある宗派の仏教という立場にこだわらず、著者はその「魂」を扱う領域の知恵や言葉を収集している。それは近代以来の文学が引き受けなくなって久しい役割だ。その懐の広いこと。ときには薀蓄が小説にとって邪感じられないでもないが、それがたんなる衒学趣味ではなく誠実な探究心の表れだと分かるので、なるほどと説得されてしまう。仏道に入って作家である人は他にもいるが、彼ほど小説家であることと僧侶であることを見事に融合させている存在は他にない。

[読得指数]宗教度:★★★癒し度:★★★雑学度:★★★★
[読得指数]=この本を読んで味わえる気分を★1〜5で評価
Copyright 2004 MEDIAFACTORY,INC., All Rights Reserved.

yoritsuki oshrase profile yotei shinkan ichiran intervew taidan yukisetsu essey 前に戻る
syohyo sonota audio kobai voice kobai annai contact b2
copy