仏教的な解剖学者と、科学的な禅僧。異なる゛知゛が共振し合う対談。<学校の体育の時間が、要するに、速く走る、高く飛ぶばかりで、普通に歩く、座るっていうことを全く教えないじゃないですか。全部非日常的な身体の使い方です>と禅僧が問えば、解剖学者は<日本は体育の哲学がないですね。(中略)体育の先生そのものが、いわゆる体育会系っていわれて、日常生活と切れちゃてる>と答える。
なるほど、だから私たちは日本の伝統に沿った身体の使い方ができないのか。時代の波を捉えられず、乗ることができないのもそのためかもしれない。都市と自然、世間と個人についても語り合う。(籾)