
「心は一方では日常の関心事に向かうし、もう一方では『霊』の世界へ向かう」と、カントは述べた。ここでも、身体、都市、自然、世間などという日常の関心事がまず語られる。しかし、終章で記憶や魂に話題が移ろうとすると、ユングと違って、「細胞の連携」とか「最もよく出来たシステム」という術語が出てくるにすぎず、魂は語られない。電子顕微鏡で、細胞の中まで覗(のぞ)いてみても、精神構造は見えないからだ。
一般に、魂は、人格の無意識の側面である。魂には、光に向かおうとする願望と、原初の暗闇から浮かび上がりたいという抑え切れない欲求がある。光が現れる瞬間が神であり、救いと解放をもたらす。
現代人の魂に関して、解剖学という唯物的とも思える学問と、宗教といういわば対極にあるように思える思想とが、どこまでメスを入れうるのか、というのが読者の期待であろう。野次馬的な興味は、人間の限界を知らされることになり、がっかりする人もいるかもしれない。
だが、対談を通じて、仏教に培われた日本人の心性が明らかになるのは、収穫だった。