『祝 福』
「ミセス」
文化出版局
2005年12月号 11月7日
千住博氏との対談、<特別対談>「絵画の時間 坐禅の時間」の中で紹介されました。
可憐なつぼみ、妖艶な花びら、そして気高い滅びの姿
。坂本真典さんが上野・不忍池の蓮ばかり、一万七千枚も撮影した中から選んだカラーの写真と、玄侑宗久さんの珠玉の恋物語のコラボレーション。蓮の神秘と呼応しながら、言葉と動きを失っても、主人公を祝福し続けてくれる中国人女性、怜華との祈りの日々がつづられる。筑摩書房。千六百八十円。
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月刊誌「室 内」
工作社
2005年11月号
文/石田 千
ずっと待っていたのだった。
一年じゅうむけられる、あまたのレンズから、不忍の蓮はようやくひとりを見つけた。憑かれた写真家は、一万七千回、シャッターを押すはめになった。
まんまとフィルムにのりうつると、池を抜け出し、ふたたび迷わず、一本の筆にたどり着いた。北国に住む作家もまた、上野をさまようこととなった。
ふくらんで、開いて、閉じて、枯れて朽ちる。植物の業が、ひとに呼吸をあたえた。
……本気だと感じた人の思いが、まるで圧縮ファイルがインストールされるように、すぐに自分のなかに移り、そして自動的に解凍されて起動しはじめる気がする。
主人公のことばは、一冊にかかわった、それぞれの身のうちにおきた波だった。やはり縁は、人為のものではなかった。
たしかにつながれた水面で、蓮は安らぎ、目を閉じる。
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THE MAGAZINE OF INTERIOR DESIGN SHITSUNAI
「中央公論」
中央公論新社
2005年10月8日 11月号
評 者/ 千葉 望
この本を開いたときに目を射るのは、不忍池の象徴である蓮の写真である。写真家・坂本真典が、一万七〇〇〇枚も撮りためたという蓮の写真は、二〇〇枚が選ばれ作家の玄侑宗久のもとに届けられた。玄侑は写真を眺め、何度か不忍池にも足を運んで中篇「祝福」を書いた。掲載された写真は二〇〇枚の中からさらに選びぬかれたものである。
蓮は不思議な植物である。私も不忍池から近いところに住んでいるため、足を向けることがある。四季折々の蓮の姿は、ときには気高く、ときには侘びて、見る者を飽きさせない。花の終わった晩夏に、知人を案内したことがある。丈高く池を覆いつくす蓮の生命力に、その人は「おおっ」と声を上げたまま黙ってしまったものだった。かと思えば、冬、すべてが枯れたあとに残る花床(実の生える部分)も、仏がおわすにふさわしい存在感がある。そうしたさまざまな表情を鮮烈に写しとった写真にまず心を奪われる。
それからゆっくりと小説を読む。不忍池のほとりで中国人女性・怜華と出会った主人公は、蓮の花に導かれるように、彼女と恋に落ちる。ここでは蓮の花はただの象徴としてではなく、最近玄侑が心を傾けているサイエンスと人の心との関係を示唆するものともなっている。
植物の不思議な特性、たとえばハイドンやシューベルトの音楽をラジオで流すと、そちらに向かって伸びていき、やがて巻きつくカボチャの蔓、怒鳴りつけられると色あせてしまう菊。恋に落ちてほどなく、病に倒れて意識不明の”さなぎ”と化してしまった怜華は、四日だけ咲いては閉じてしまう蓮の花のようだ。
主人公は意識不明のまま寝たきりになった怜華と結婚する。誰からも理解されない結婚だったが、そこには不思議な安らぎがあった。怜華は美しいままに少しづつ衰えていくのだけど、柔らかな音楽を聴かせたとき、夫が思念を送ったとき、瞬時に彼女はそれを受けとめ、まぶたの下の眼球を動かす。言葉を持たない、しかし、確実に人の思いを受けとめる美しい花、怜華。そこに安寧を見出す主人公はこう記す。
「ここに綴るのは、私を祝福しつづけ、深い自然を教え、今も私と共にあるひとりの女、怜華の物語だ」
『祝福』には今風の風俗も、暴力もない。エロティックな描写はあるが、それも原初の男女を荘厳するかのような透明感がある。写真家の坂本は読後、玄侑に送った手紙に「理由はわかりませんが、涙がとまりません」と書いてきたというが、実は私も、思いがけなく涙をこぼしたのである。
(ちばのぞみ・ノンフィクションライター)
CHUOKORON 2005.10
Copyright
中央公論
「ダ・ヴィンチ」
メディアファクトリー
2005年10月6日 11月号 No.139
写真家・坂本の手による蓮の写真に触発されて、
芥川賞作家・玄侑が紡ぎだした激しい恋の物語。
可憐な蕾や妖艶な花びら、気高い最期の姿など、
写真がもつ圧倒的な迫力に、美しいストーリーが呼応する。
写真と小説の奇跡のような出会いを、じっくりと堪能したい。
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