「文藝春秋」12月号に、お墓についてのインタビュー記事が載った。むろん自分の喋ったことだから、話した内容については責任をもつが、例によってタイトルやサブ・タイトルはよりキャッチーなものをと、編集者がつけたものである。「最近はやりの自然葬や永代供養墓に異議あり」という副題なのだが、べつに私は自然葬や永代供養墓そのものに異議を唱えているわけではない。詳しくは本文を読んでいただきたいが、要するに、そういう選択肢は可能でも、もうそろそろ選択肢を増やすだけでない考え方が必要ではないかと、申し上げたいのである。
まもなく、「知るを楽しむ」の番組が放映になる。まだ3,4回目は編集中らしく、いろんな質問がディレクターからメイルで寄せられる。それにしてもインタビュー記事ならほぼ必ず校正させてもらえるのに、テレビはけっして事前に見せてはもらえないのは何故だろう。たぶん相手は、それによって一部の人の主観でねじまげられては困るから、とでも答えるのだろうが、やはりちょっとおかしい気がする。私がどのように放送されるかについて、私が事前にチェックできないというのは、変だ。おそらくそこには映像の強みが関係している。たとえ一部であっても、その発言をしたのは客観的事実と、誰にでも映る。文章と違って、そこを選んだディレクターの主観とは見えにくいのである。要は、映像作品を、ディレクターの作品として見るのは、かほどに難しいということだが、映像作品の功罪は明らかにディレクターやプロデューサーにある。いや、べつに言い訳しようというんじゃない。私はだんだん視るのが怖くなってきただけだ。いったいどんなことになっているのか、あ〜、恐ろしい。
テレビでは分かりにくかったと思うので、うちのお寺の聯を解説しておこう。 「霊山の拈華、一場敗闕」(りょうぜんのねんげ、いちじょうはいけつ)「多子の分座、満面慚紅」(たしのぶんざ、まんめんざんこう)というのだが、霊山は当然お釈迦さまがよく説法なさっていた霊鷲山。そこで跡継ぎを決める際、釈尊はコンパラゲと呼ばれる花を弟子たちに示し、それを見てにっこり笑った摩訶迦葉に法を嗣がせたとされる(拈華微笑)。それを、仙がいさんは「一場敗闕」と云う。つまり大失敗だったというのである。しかも実際の嗣法の場面は、『五燈会元』などによれば、多子塔という塔の前で、釈尊が自分の椅子に分座することを摩訶迦葉に勧め(多子の分座)、さらに袈裟で覆ってひと目を憚りながら伝法したという。いったいぜんたい、どうしてそんな芝居がかった大仰なことをしたのか、きっと釈尊自身だって慚愧に堪えず真っ赤になって恥じているはずだ(満面の慚紅)と、仙がいさんは云いたいのである。こういった批判はなにも仙がいさんが初めてではなく、黄檗などもしたとされる。法とは、そんな秘密めいた大仰なものではなく、まっとうに修行すれば誰もが修めることのできるものだろう。だから、さあしっかり修行しようと、意気軒昂だった仙がい義梵は云いたかったのだろうと思う。なお「満面の慚紅」よりは「満面の慚惶」のほうが一般的である。
※*仙がい/機種依存文字のため平仮名で記載しています。